Online よろず相談所

アラ50の医師が ゆるい説明しています

最後の切り札? ECMO エクモ

 
タライが頭に落ちてきても
トンカチで頭を殴られても
無事だった昭和のスターがなくなりました。
 
しむらーうしろーうしろー
とテレビの前で声をからしていた頃が思い出されます。
 
そのスターに取り付けられていたECMOってなによ
と聞かれたのでこれについて書きます。
 
 
ECMOとはExtraCorporeal Membrane Oxygenationの略で、直訳したら「体外の膜で酸素化」でしょうか。人工心肺の事です。
破綻した循環をサポートする機械です。
肺の代わりをする機械です。
きっとみなさん、そこまではわかっていると思います。
もうちょっとくわしく書くのでお付き合いください。多少に複雑な装置なので説明も長めです。
まずは"循環"を理解してもらえると、ECMOの仕事がわかりやすいかと思われます。
 
 
 
<循環>
会社とかでも一人でなんでもこなすワンマン社長タイプの人はいますが、多くの会社には企画部・運営部・製造部・営業部・経理部・・・と部署が別れているように、それぞれ役割分担して活動したほうが効率良いものです。
 
体の細胞も同様に
脳細胞は全身の総監督
筋肉細胞は運動・移動
肺細胞は呼吸
消化管の細胞は栄養摂取
肝臓の細胞は解毒・貯蓄
腎臓は水分量・電解質の管理と毒素の排出
と仕事内容が別れており、個々の細胞がしたことを血液にのせて全身の細胞に供給・還元するのが循環です。
 
循環する血液のルートは決まっていて、
全身の臓器の細胞から戻ってきた血液はすべて
静脈を通って右房・右室とめぐり肺に流れます。
そこで酸素化されて左房・左室と巡り動脈にのって全身の個々の細胞へと運ばれ、
各臓器・各細胞が活動し静脈また心臓に帰っていき右房・右室・・・・と絶えず循環しています。
 
 
<臓器の代わりをする装置>
例えば腎臓は尿を作ることで体内の毒素の排出と水分の調節をしています。
腎臓が機能停止し、尿が全く出ない腎不全となったら、体は水分と毒素であふれ3-4日で死んでしまいます。
腎不全となった人が生きていくためには透析が必要になります。
腕の太めの血管2箇所にそれぞれ太めの点滴をさし、そのうち一本から引き抜いた血液を透析液で洗浄しながらフィルターにかけて濾過し、もう一本の点滴から体に戻していきます。
腎臓が24時間毎日やっている仕事を週3回、4-5時間の透析でまかないます。
腎臓の機能を回復させる治療ではありません。
腎臓はすでに荒廃して機能しなくなってしまったから透析が導入されるわけす。腎機能回復のためには腎臓移植しかないです。
 
<重症肺炎>
コロナは重症化したとき、重症肺炎を引き起こします。
肺の細胞を破壊し、空気が入るべきスペースを水浸しにしてしまう病気です。陸地にいながら、水で溺れてしまった状態になるのです。
当然めちゃくちゃ苦しいです。肺に水分があるので、むせ返るような咳もいっぱい出ますが、改善はされません。
肺の一部分が水浸しになるだけなら、他の健康な部分の肺で呼吸をカバーできるのできるのですが、肺全体にこれがおきるともはや自力ではどうしょうもなくなります。
少ない健常な肺の部分でなんとかするために最初は酸素マスクで酸素を投与されるでしょう。
それでも足りなかったら、気圧という圧力を使って押し込みます。陽圧換気と言います。
呼吸器編で書いたPEEPに該当します。
 
 
 
 
<人工呼吸・陽圧換気>
コロナに限らず、肺が水浸しになって呼吸不全になる病態は少なからずあります。大きな事故や大手術の後など、大きなダメージを受けたあとにしばしば遭遇します。
長期に肺に高圧をかけ続けることは、肺のためには良いこととは限りませんが、現場では高圧を肺にかけて、無理やり呼吸し、重篤な炎症期を乗り切る治療が選択されます。それが一番生存率が高いからです。
肺が重症化してしまった時、肺のために優しい呼吸設定では、他の臓器が低酸素で死んでしまうのです。
 
 
 
コロナの場合は、そんな極限の圧力かけても呼吸が改善しないほど重度の呼吸不全になるようです。
肺も体も壊れる治療では意味がありません。
どうするか? 体外循環を選択します。
多くの場合、鼠径(足の付根)と右首に直径7〜8mmほどの太い管を刺しいれ、それぞれ先端を心臓(右心房)にくるように起きます。この2つの管をECMO(人工心肺装置)につなぎます。足から入れた管から血液を抜き出し、遠心ポンプとよばれるポンプで圧力をかけ、人工肺を通過させ、首のカテーテルから体内に戻します。
酸素を取り込む臓器は肺ですが、それが機能していないので、肺に血液が流れ込む前に十分酸素化してあげて、全身に酸素が流れるようにするのが目的です。
人工肺にも歴史があるのですが、今は膜型の人工肺を使います。
体外で膜型人工肺を使って酸素化するから
ExtraCorporeal Membrane Oxygenation (ECMO) エクモ
なのです。
 
なので、ECMOは肺を良くする治療ではありません。
一時的に、だめになって機能してない肺に変わって、全身に酸素を取り込む機械です。
 
心臓から血液を抜き、さらに高い圧力をかけて動脈に戻すECMOもあり、
経皮的心肺補助法 PCPS: percutaneous cardiopulmonary supportというのもあります。心臓が機能しないときの装置ですが、説明は今回は割愛します。
 
 
 
透析が腎臓を元気にさせる治療でないのと同じように、
陽圧換気もECMOも肺を元気にさせる治療ではありません。
肺が治るのを待っていたら低酸素症で脳など全身が機能停止してしまいます。
脳が機能を停止したらそれは"死"です。そこからの復活はありません。
そうならないための応急処置です。
 
人工心肺が稼働できる2-3週間の間、体のいろんな環境を整えて、肺が自力で回復するのを祈る治療です。
 
風邪は2-3日、インフルエンザもせいぜい1週間で治るように、コロナもウイルスであるなら、1-2週間で免疫が獲得され、肺は治ってくるはずです。
その1-2週間中、酸素が取り込めなくて低酸素症で死んでしまわないようにと取り付けられるのが人工呼吸器でありECMOです。
 
 
 
 
<ECMOの合併症>
人工呼吸器は比較的安全に管理できるので、長期の人工呼吸治療はたびたび見かけるものですが
ECMOは長くても一月程度しか回さない、というかまわせないです。
 
なぜか? ECMOには副作用というか合併症が多いのです。
体から血液を引き抜いて酸素化して体に戻すということにそもそも無理があるのです。
 
まず、カテーテル(くだ)が太いです。外来でちょっと点滴・・・で使う針のほぼ10倍の太さです。
透析のときの点滴の針よりぜんぜん太いです。
透析は血液の一部を4時間かけて洗う治療ですが
ECMOは1分間に4リットル全身をめぐる血液の殆どを酸素化しなければならない治療なのです。
細いカテーテルでは十分な量の血液交換ができないですし、細いと高い圧がかかってしまい、血管や血球がより壊れやすくなります。
そして、太いカテーテルを刺すというだけで痛みがあり感染や出血の合併症が起きます。
 
切り傷の出血がすぐに止まるように、血液は血管外にでたら固まるという、大事なメカニズムがあリます。
そのまま透析やECMOを接続して動かすと、すぐに回路内の血液が固まって詰まってしまいます。
そこでどちらも血が固まらないようにとヘパリンという薬で管理するのですが、これはつまり出血しやすい体にさせるということです。
 
カテーテルや人工肺など、人工物にふれるだけで血液はでダメージを受けて行きます。炎症がどんどん進んでいきます。
人工肺を通るたびに赤血球や血小板がどんどん壊されていきます。狭い膜型人工肺に血液を流して酸素化すること自体が血液にとって非常に負担です。
長時間の体外循環は輸血がどんどん必要になっていきます。
輸血とは血液の移植です。血液型があっていても、他人の血液を大量に入れ続けることは肺や肝臓を悪化させます。アレルギーが起きることもあります。
 
全身にそれほどの炎症がある状態では、尿も出なくなります。持続型の透析もつけます。
命をつなぐための装置は、命を削るような治療でもあるのです。
 
血小板もへり、炎症も重度になり、凝固系が狂い始め、血が固まらなくなります。
至るところで出血が起きます。
出血が脳に起きると・・・脳障害が起きます。
復活できないレベルの脳障害を確認されたら、もはや回復のための治療ではなくなります。
延命治療です。復活出来ないからです。
麻酔で深く眠らせているとはいえ、延命治療は苦しいのです。復活できないと確認されたら、はやく苦しみから開放してあげるべきではないでしょうか。
 
脳出血などの致命的な合併症が起きる前に免疫が獲得できて、復活できる体力をもっているひとなら2週間位でなんとか補助の機械が外れていって回復できるかもしれません。
 
この治療中の本人にかかるストレスは想像を絶するものです。
そして、これを集中管理スタッフが不眠不休で行います。
担当医グループ、ナースチームは当然として、ECMO操作に臨床工学士が患者さんに張り付きます。
コロナ以外の感染症もでやすく、薬の適正使用のために薬剤師もひたすら見えない敵と戦います。
ECMOが回ると、多くのスタッフが力を合わせて見えない敵と戦い始めます。
それでも生存率は高くありません。生命の限界を超えた治療で、些細なことで簡単に破綻するからです。
 
いま、コロナに感染し重症化した人でその半分が復活出来ているようです。
これはすごい優秀な成績だと思います。
私が医者始めたばかりのころ
ECMOが装着される = 延命
のイメージでした。
ずっと研究され成績を上げている医療チームの方々には頭が下がります。
 
 
 
 これだけECMO治療は大変なことなのです。
「コロナにかかっても、呼吸器もECMOもあるじゃないか」と考えられていた方に、
たしかに他には方法がなく、切り札だしけど、皆さんの思っている理想の治療器具からは程遠いことを理解してもらえたら幸いです。
私はコロナになって重症化したら、ECMOまではいいです。
 
 
 
ECMOがついたとテレビで見た時、その後2週間くらい頑張ってさてどうだろう?と思っていました。
すごい元気なイメージがありますが、70歳で若いとは言えず、
ヘビースモーカーや大量の飲酒歴があり、そうとう体は弱っていたようです。
それでもECMOついて1週間持たずに決着がつくのは正直早かったなと思います。
 
ファンとしてはあっさり復活してコロナのコントをやってくれる未来を期待していました。
お悔やみ申し上げます。