学生のころから、私たちは常に「正解」を探す訓練を受けてきました。
そのため医療現場で異常値を見つけると、
「原因は何だろう」「すぐ治さなくては」と考えます。
もちろん、すぐに手を打つべきケースもあります。
しかし実際の臨床では、
**あえて治療しない方が良い“異常”**というものが少なくありません。
これを
「許容する(permissive)」
という考え方で説明することがあります。
例えば人工呼吸管理。
CO₂が高いと
「換気が足りない。換気量を増やさなくては」
と判断することが多いでしょう。
多くの場合、それは正しい判断です。
しかしARDS(急性呼吸窮迫症候群)の患者では事情が変わります。
ARDSでは肺胞が水浸しになり、ガス交換がうまくできません。
肺は固くなり、膨らみにくい状態になります。
つまり
酸素を取り込む能力も、二酸化炭素を排出する能力も著しく低下しています。
この状態でSpO₂やCO₂を正常値に戻そうとするとどうなるでしょうか。
強い圧力をかけて人工呼吸を行う必要が出てきます。
しかし肺は本来、横隔膜が動くことで生じる陰圧によって広がる臓器です。
強い陽圧で無理に膨らませるようには作られていません。
その結果起こるのが
人工呼吸器関連肺障害(VILI)
です。
肺を守るため現在では、ARDSの管理では
-
SpO₂がやや低い
-
CO₂がやや高い
といった状態をあえて許容する管理が一般的になっています。
これを
Permissive hypercapnia(許容性高炭酸ガス血症)
と呼びます。
同じような例は他にもあります。
外傷や大量出血の初期では
血圧をあえて上げすぎないという戦略があります。
血圧を正常まで上げるために大量輸液をすると
一度できた血栓が流れてしまい、再出血する可能性があるからです。
この考え方は
Permissive hypotension(許容性低血圧)
と呼ばれています。
つまり医療では
正常値に戻すこと自体が目的ではありません。
本当に考えるべきなのは
その治療が患者の回復につながるのか
という点です。
何事にも優先順位があります。
重症患者では、まず
生存させること
が最優先になります。
SpO₂やCO₂の数値を改善することが、
本当に患者の生存に近づくのか。
そこを常に考える必要があります。
よく勉強してきた若い医療者ほど、
異常値に気づくとすぐに修正しようとします。
それ自体は決して悪いことではありません。
むしろ臨床の基本でもあります。
しかし患者が重症であればあるほど、
「今は悪い状態を許容した方が患者の利益になる」
という場面も少なくありません。
モニターの数字は
モグラ叩きのモグラではありません。
叩いて消すべき敵ではないのです。
むしろそれは
「どこまで許容できるか」を考えるためのヒント
です。
私たちは医療サービスを提供する仕事です。
患者が望んでいるのは、数字がきれいになることではありません。
元気な状態に回復することです。
良い医療とは
すべてを正常値に戻すことではありません。
患者が最も生き残れる選択肢をとること。
それが本当の意味での「正しい治療」だと思います。