Online よろず相談所

アラ50の医師が ゆるい説明しています

許容するという考え方

学生のころから、私たちは常に「正解」を探す訓練を受けてきました。

そのため医療現場で異常値を見つけると、
「原因は何だろう」「すぐ治さなくては」と考えます。

もちろん、すぐに手を打つべきケースもあります。

しかし実際の臨床では、
**あえて治療しない方が良い“異常”**というものが少なくありません。

これを
「許容する(permissive)」
という考え方で説明することがあります。


例えば人工呼吸管理。

CO₂が高いと

「換気が足りない。換気量を増やさなくては」

と判断することが多いでしょう。
多くの場合、それは正しい判断です。

しかしARDS(急性呼吸窮迫症候群)の患者では事情が変わります。

ARDSでは肺胞が水浸しになり、ガス交換がうまくできません。
肺は固くなり、膨らみにくい状態になります。

つまり
酸素を取り込む能力も、二酸化炭素を排出する能力も著しく低下しています。

この状態でSpO₂やCO₂を正常値に戻そうとするとどうなるでしょうか。

強い圧力をかけて人工呼吸を行う必要が出てきます。

しかし肺は本来、横隔膜が動くことで生じる陰圧によって広がる臓器です。
強い陽圧で無理に膨らませるようには作られていません。

その結果起こるのが

人工呼吸器関連肺障害(VILI)

です。

肺を守るため現在では、ARDSの管理では

  • SpO₂がやや低い

  • CO₂がやや高い

といった状態をあえて許容する管理が一般的になっています。

これを

Permissive hypercapnia(許容性高炭酸ガス血症)

と呼びます。


同じような例は他にもあります。

外傷や大量出血の初期では
血圧をあえて上げすぎないという戦略があります。

血圧を正常まで上げるために大量輸液をすると
一度できた血栓が流れてしまい、再出血する可能性があるからです。

この考え方は

Permissive hypotension(許容性低血圧)

と呼ばれています。


つまり医療では
正常値に戻すこと自体が目的ではありません。

本当に考えるべきなのは

その治療が患者の回復につながるのか

という点です。

何事にも優先順位があります。
重症患者では、まず

生存させること

が最優先になります。

SpO₂やCO₂の数値を改善することが、
本当に患者の生存に近づくのか。

そこを常に考える必要があります。


よく勉強してきた若い医療者ほど、
異常値に気づくとすぐに修正しようとします。

それ自体は決して悪いことではありません。
むしろ臨床の基本でもあります。

しかし患者が重症であればあるほど、
「今は悪い状態を許容した方が患者の利益になる」
という場面も少なくありません。


モニターの数字は
モグラ叩きのモグラではありません。

叩いて消すべき敵ではないのです。

むしろそれは

「どこまで許容できるか」を考えるためのヒント

です。


私たちは医療サービスを提供する仕事です。
患者が望んでいるのは、数字がきれいになることではありません。

元気な状態に回復することです。


良い医療とは

すべてを正常値に戻すことではありません。

患者が最も生き残れる選択肢をとること。

それが本当の意味での「正しい治療」だと思います。